ボブの話-猫の日にちなんで-

イギリス留学中、ロンドンでホームレスの自立を支援する『THE BIG ISSUE』の存在を知って以来、街で販売員を見かけたら、よっぽど急いでいない限り購入するようにしている。

最初のころはその理念に共感するほうが強く、「ホームレスから抜け出そうとして頑張っている人を支援する」のが主な目的で、正直その内容はあまり気にしていなかった。それが、なかなか面白い特集に出会うことが多く、いつしか私の中の慈善色は薄れ、中身のほうを楽しみにするようになっていった。

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ボブとの出会いも『THE BIG ISSUE』がもたらしてくれた。

今年の1月、日課にしている朝のウォーキング時に見かける販売員さんの手に、人間ではなく大好きな「猫」が大きく掲載された表紙を見て、思わず顔がほころんだ。しかも、なんて可愛くて、綺麗な猫だろう!写真のボブを見てもそう思ったのだから、実物はそりゃあ大人気になるだろう。

ボブは世界中の多くの人々を魅了した“ストリート・キャット”であり、元『THE BIG ISSUE』の正式な販売員だ。日本でも公開された自伝的映画に“主演”もしている。

物語は、13歳から薬をはじめ、30代前半まで長らく重度の麻薬中毒者・路上生活者であったジェームズ・ボーエン氏が、ある日同じく“ホームレス”の茶トラの猫に出会ったことから始まる。その出会いきっかけに、ジェームズの人生は100%どころか360度激変する。

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ボブと出会ったとき、ジェームズは、堕ちるところまで堕ちていた生活から、何とか這い上がろうと最後の力を振り絞っているところだった。行政の支援を受けてアパートを借り、生活保護を受けつつ、路上で音楽活動をして生計を立てるべく奮闘していたのだ。彼の生い立ちからの歴史を知るにつけ、家族や友人との縁が薄く、輝かしいはずの青春時代をシェルターか路上で薬に侵されながら孤独に過ごしてきたこの男の一体どこに、まだそんな力が残っていたのだろう・・・そう思わずにはいられなかったが、彼の中にわずかに残っていた“何か美しいもの”の最後の一滴が奇跡の光となり、ボブという宝物を引き寄せたのかもしれない。


ジェームズとボブはお互いに傷んだ姿で出会った。さらには、どちらも、言いようのないほど、孤独だった。

ジェームズは前述したとおりボロボロのどん底。ボブは他の猫とケンカをしたのか、ひどい怪我を負っていた。汚れてはいるが、綺麗な猫だから飼い猫かも、と思うものの、ジェームズのアパートから離れようとしない。彼のほうでも、この猫が自分を「見つけた」というふうに思えてならなかった。


幼少期に猫を飼っていて、もともと猫好きだったこと、なにより「このままこの子を放ってはおけない」という良心からくる衝動が、麻薬中毒の治療中かつ自らの生活すらままならない男を、ただ行動に走らせた。ポケットに残された有り金全部を猫の治療費に使い、自らの食べる分を削っても猫の食事を買うーまったく無謀なように見えるが、実はこのアンコンディショナルな感情による一連の行動が、彼が立ち直る大きなきっかけになる。


たったひとりぼっちの人生に、ある日突然、気にかけるべき存在が現れたのだ!


エメラルド色をした目、黄金色の美しい毛の塊。その存在はいま切実に「助け」を必要としている・・・このことが、ジェームズの人生に突如、責任感と“ハリ”をもたらした。まさに人生における希望のようなものだ。光というのは、本当に思いもよらぬところからもたらされるものだとつくづくと思わされた。


救世主でありながら、「猫のほうが飼い主を選ぶのだから」と、回復したボブに誰と住むか・また街に戻るのか、を選択を任せた謙虚なジェームズ。ボブはまるで最初から決めていたかのように、彼と一緒に住み、“働く”ことを選択した。追い払ったはずのバス停からバスに乗り込んできて‼、ともに出勤したときのジェームズの驚愕はほんの序の口で(笑)、彼の肩に乗り活動するや否や、ボブは瞬く間に主役に躍り出た。美しい容姿、愛らしい仕草で人を惹きつけるボブのおかげで、路上で演奏する彼の収入は激増した。コンビの姿はSNSを通じて全世界に(勝手に)発信され、一躍、時の人と猫に!勇気をもらったジェームズは、麻薬中毒の完全克服を決意し、きちんとした“ビジネス”に従事するために、『THE BIG ISSUE』の販売員に登録する。「ボブのためにも、ちゃんとするんだ」と。


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ジェームズ自身『THE BIG ISSUE』は立派にビジネスを学ぶことができる素晴らしいシステムだ、と語っているように、単なる“ほどこし”ではなく、実によくできた仕組みを提供している。私が雑誌を購入し始めたのも、このシステムに賛同したからだ。販売員は1冊3ポンドで雑誌を本部から仕入れ、売れるごとに半額が収入となる。真面目に働き、そして計画的に雑誌を仕入れてうまく利益を上げれば、わずかではあるが確かな基盤をつくることができて、ビジネスのカンも養いながら、徐々に社会復帰ができるようになるのだ。何より、恥をかなぐり捨て、路上で雑誌をかかげて売り子を続けるうちに自信もつく。購入者である社会の人々とコミュニケーションを取ることことができる。わずかな時間でも人とつながり、その温かさに触れれば、またこの世界を信じられるようになる。大きな成功には、まずは小さなスタートから、という良い例だと思う。


ジェームズは、ボブという対等な相棒を得て、路上演奏時代より一層精力的に働いた。そして、周囲の人や観光客など多くの人の温かいサポートを受けながら、スターへの道を歩んでいく。


一方で、彼自身も何度か著書でしたためているように、この社会では、いったん転落した者、特に路上生活者のような最底辺の人間が這い上がるのはかなり難しいのが現実だ。ボブのおかげで人々の温かさを再び知ることにはなるが、その過程では、数々の嫌がらせやかなり危険な目にも合っているし、何よりもつらいのは、ホームレスは完全に社会から「無視」される存在であるということだ。この問題においても、『BIG ISSUE』は、ホームレスが社会に再び戻るきっかけとして、かなり有効な手段になっていると思う。 


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あらすじが長くなってしまったが、私は『THE BIG ISSUE』で彼らのことを知ってから、早速ジェームズの著書3冊を取り寄せ、一気に読んだ。自伝的な最初の2作は、文字通り号泣しながら読んだ。自分の弱さ、これまでの堕落した人生、家族との不仲…すべてをさらけ出し、ボブへの尊敬と真摯な愛情を持ってから劇的に変わっていく彼のストーリーは心を打つ。

その中で、一番心を揺さぶられたのは、やはり、これらがジェームズの”打算ではない”行動から生まれたからこその奇跡である、ということだ。家族はおろか、世間から完全に見捨てられ、文字通りほぼ一文無し・何も持っていない彼がボブを救ったこと。そして対等な立場で、「友達」でありかけがえのない「家族」になったこと。後先やメリデメなど考えたら、できないことだ。世の中はまったく、理屈ではない。

ボブの中に自らの希望を見出したこと。ボブのために自立しようとしたこと。麻薬依存症を克服するのに何度も失敗してきたのに、ついに決意して完全にクリーンになったこと。これらすべてが、「ボブに対して恥ずかしい」「ボブがくれたチャンスをいかしたい」という想いからきている。人を突き動かすものが、一匹の猫でもいい。ジェームズの「セカンドチャンス」な人生に、そしてボブとの関係に、心から尊敬の念を抱かざるをえない。


そして何より、お恥ずかしいが、起業してから、先の見えない人生に、サラリーマン時代とは違ってメンタル的に不安になることが多くなった。(昨今は、サラリーマン人生ももはや安泰とはいえない、とはいえ、である)信じたいのに、自分を信じられない日々も続いている。なかなかお気楽にはいかない性格で困っているのだが、ジェームズとボブの冒険にはとても大きな勇気をもらった。


誰にでもセカンドチャンスはある。失敗をしても、必ず這い上がれる。自身の気のもちよう、心のありようで、世界は変わる。猫と路上で『THE BIG ISSUE』を売るー滑稽で愚かに見えてもいいじゃないか。たくさんの気づきと教えをもらった。


ボブとのタッグではじめて“大金”(といっても、世間からしたらわずかな金額だ)を手にしたジェームズが、一度食べてみたいとおもって眺めていた高級インド料理のテイクアウトを買い、ボブにはプレミアム・キャットフードを買って、ふたりで豪華ディナーを食べるエピソードがなんとも痛快だ。


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現在、ジェームズとボブは、執筆活動のほか、ホームレス支援や動物保護などのボランティア活動を引き続き精力的に展開中のよう。そして、映画の第二弾が今年公開される予定だそうだ。

ジェームズとボブの素敵な物語。気になる方は、まずはぜひ彼の著書を!


📚ジェームズ・ボーエン氏の著書🐈

『ボブという名のストリートキャット』

『ボブがくれた世界』

『ボブが教えてくれたこと』



*キャプション
2020年1月のボブが表紙の日本版『ビッグ・イッシュー』とジェームズ氏の著書3冊。『ビッグ・イッシュー日本版』は350円。※ その半額が、販売員の利益となる。
※2020年4月1日から450円に価格改定予定とのこと。



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MY WONDERFUL DAYS "LIKE A BOX OF CHOCOLATES..."

東京・神田にある21世紀型のコミュニティサロン『PARFAIT』ファウンダーのブログです。『PARFAIT』に集う魅力的なひとたちのこと・自身の心が動いたこと・他愛ない日常や、神田界隈の情報などを記していきます。

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